第4章:我が国の安全保障上の観点からの成層圏利用の考え

ブログ「HAPSの技術開発動向(HAPS解説シリーズ)」

エスジェットラボ合同会社
CO-CEO 高盛哲実

1.はじめに

これまでの章では、HAPS(High Altitude Platform Station:高高度疑似衛星)の技術開発動向、Zephyrの飛行試験、そして観測・通信・軍事利用を含む産業応用の可能性について整理してきた。

本章では、これらを踏まえ、我が国の安全保障上の観点から、成層圏利用がどのように位置付けられるのかについて考える。

参考とするのは、2024年6月7日に公開されたJASI(航空自衛隊幹部学校航空研究センター)レポート「安全保障に係る成層圏の利用をめぐる動向と課題等」である。このレポートは政府の公式見解ではないが、防衛省・航空自衛隊に関係する研究機関から出されたものであり、我が国における成層圏利用を考えるうえで、一定の指標になると考えられる。

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2. JASIレポートの概要

JASIレポートでは、成層圏利用について、歴史的な経緯、現在の技術開発状況、主要国・地域の取り組み、そして今後の課題が整理されている。

内容としては、本ブログでここまで述べてきたHAPSの技術開発や利用可能性と重なる部分も多い。ただし、安全保障の観点から見た場合、成層圏は単なる通信・観測のための空間ではなく、今後の防衛・監視・情報収集において重要な領域になり得ることが強調されている。

この背景には、中国の成層圏気球が日本上空を通過した事案や、米国本土上空に侵入した事案があると考えられる。成層圏を飛行する気球、飛行船、HAPSなどに対して、法的な整理や監視体制が十分に整っていないことが、安全保障上の課題として意識されている。

つまり、成層圏は「宇宙」でも「通常の航空機が飛ぶ空域」でもない、やや曖昧な領域である。その曖昧さこそが、技術的にも法制度的にも課題を生んでいる。

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3. 成層圏活用の変遷

成層圏の利用は、近年になって突然始まったものではない。

JASIレポートでは、1783年のモンゴルフィエ兄弟による熱気球の飛行から、第二次世界大戦、冷戦期、そして現代に至るまでの成層圏活用の歴史が整理されている。気球や高高度航空機は、古くから偵察、観測、通信などの用途で検討されてきた。

その中で注目すべき事例として、1969年に米国のRaven社、現在のAerostar社によって開発された無人高高度飛行船「High Platform II」がある。この機体は、成層圏を飛行した初期の飛行船型プラットフォームとして位置付けられる。

High Platform IIは、無人型のエアシップで、成層圏約20kmでのデモ飛行に成功した。飛行時間は約2時間、ペイロードは約2.3kgと小さいものだったが、テレメトリー(遠隔通信)や推進装置を含む実験的なペイロードを搭載していた。

現在のHAPSと比較すれば、性能は非常に限定的である。しかし、1960年代の時点で、成層圏に機体を滞空させ、通信や観測の実験を行うという発想がすでに存在していたことは重要である。

現在のHAPS開発は、まったく新しい概念というよりも、過去から続いてきた成層圏利用の試みが、太陽電池、軽量材料、バッテリー、通信技術の進歩によって、ようやく実用段階に近づいてきたものと見ることができる。

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4. 成層圏が持つ価値

成層圏の価値は、地上、通常の航空機が飛行する空域、人工衛星が運用される宇宙空間のいずれとも異なる特徴を持つ点にある。

第一に、成層圏は気象が比較的安定しており、一般的な航空機の交通量も少ない。通常の航空機は、おおむね対流圏界面付近、つまり高度15,000m程度までの運用が中心となる。これに対し、HAPSは高度20km前後の成層圏を飛行するため、通常の航空交通と分離しやすい。

第二に、人工衛星と比べて即応性が高い。人工衛星は打ち上げまでに長い準備期間が必要であり、一度軌道に投入すると、柔軟な配置変更が難しい。一方、HAPSであれば、機体を上昇させ、必要な地域まで移動させることで、数日単位で機能を提供できる可能性がある。

第三に、特定地域への継続的な滞空が可能である。人工衛星は地球を周回するため、同じ地点を常時観測するには複数機の衛星や静止軌道衛星が必要になる。これに対し、HAPSは特定の地域上空に長時間滞在し、通信・観測・監視を継続できる。

この特徴は、災害監視、海洋監視、国境監視、通信中継などに大きな意味を持つ。

さらに安全保障の観点では、HAPSは低速で高高度を飛行し、機体も軽量であるため、通常の航空機やミサイルとは異なる運用特性を持つ。JASIレポートでは、HAPSが監視、火器管制、ミサイル誘導などのプロセスを妨害・分断する可能性にも言及している。

つまり、HAPSは単なる「空飛ぶ通信基地局」ではなく、将来的には防衛システム全体の中で、監視・通信・情報収集を支える重要なプラットフォームになり得る。

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5. HAPSと安全保障上の課題

HAPSの安全保障上の価値を考える場合、通信と観測の両面から見る必要がある。

通信面では、HAPSは地上基地局と人工衛星の中間に位置する。地上基地局が被災や攻撃によって機能しなくなった場合でも、成層圏から通信エリアを確保できる可能性がある。これは、災害時の通信確保だけでなく、防衛・海上警備・離島防衛などでも有効である。

観測面では、HAPSは特定海域や国境周辺の継続監視に向いている。日本の場合、広大なEEZ(排他的経済水域)を持っており、海上の不審船、密漁、密輸、不法入国、軍用艦船の動きなどを監視する必要がある。HAPSが実用化されれば、従来の航空機や船舶、人工衛星と組み合わせることで、監視能力を補完できる。

一方で、課題も多い。

まず、HAPS自体の技術的信頼性が十分とはいえない。長期間の成層圏飛行には、バッテリー、太陽電池、機体構造、通信系統、飛行制御のすべてに高い信頼性が求められる。特にZephyrのような固定翼ソーラー機では、夜間飛行時のバッテリー性能が重要となる。

次に、法制度の問題がある。成層圏を飛行する無人機や飛行船を、航空機として扱うのか、宇宙利用に近いものとして扱うのか、あるいは別の制度を設けるのかは、今後の大きな課題である。

さらに、他国のHAPSや成層圏気球が日本周辺または日本上空に飛来した場合、どのように探知し、識別し、対処するのかという問題もある。これは単なる技術論ではなく、外交・防衛・航空法制を含む総合的な課題である。

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6. 各国の動向

成層圏利用に対する各国の取り組みは、それぞれの安全保障環境や産業政策によって異なる。

米国は、戦略的な運用を主軸に置いている。特に、エンジンを用いた高速の固定翼機や、高高度での情報収集・通信・軍事利用を重視していると考えられる。米国は人工衛星、無人機、偵察機などの既存インフラも豊富であるため、HAPSはそれらを補完する新しい手段として位置付けられる。

欧州では、安全保障上の利用も視野に入れつつ、監視・観測用途が中心になっている。ZephyrやHASA-35のようなソーラー固定翼機、またタレスなどによる飛行船型HAPSの開発が行われている。欧州の場合、軍事利用だけでなく、災害監視、環境観測、通信インフラとしての活用も重視されている。

中国については、固定翼型、飛行船型の双方で開発が進められていると考えられるが、詳細は明らかではない。成層圏気球の問題を含め、中国がこの領域に強い関心を持っていることは確かであり、日本としても継続的な監視が必要である。

日本では、1998年から2004年にかけて、旧郵政省と旧科学技術庁が主導した成層圏プラットフォーム研究開発計画が行われた。この計画では、通信・放送システムなどへの応用が検討されたが、当時の技術水準では実用化には至らなかった。

しかし現在は、太陽電池、軽量材料、バッテリー、通信機器が大きく進歩している。過去の研究開発の蓄積を踏まえれば、日本でも成層圏利用を再評価する時期に来ていると考えられる。

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7. 日本にとっての成層圏利用の意味

日本にとって、成層圏利用は単なる新技術ではない。

日本は島国であり、広大な海域を持つ。周辺には安全保障上の緊張が高い地域も多く、海洋監視、離島防衛、災害対応、通信インフラの確保は重要な課題である。

HAPSは、これらの課題に対して、人工衛星、航空機、船舶、地上基地局の中間に位置する新しい選択肢を提供する可能性がある。

特に、災害時に地上通信網が損傷した場合、成層圏から通信エリアを確保できれば、救助活動や避難支援に大きく貢献できる。また、平時においても、離島や海上の通信環境を改善する手段として期待できる。

一方で、安全保障上の利用を進める場合には、民間利用との境界も重要になる。通信や観測は民間利用にも防衛利用にも応用できる、いわゆるデュアルユース技術である。そのため、制度設計や運用ルールを明確にしなければ、国際的な誤解や摩擦を招く可能性もある。

HAPSを日本で実用化するためには、機体技術だけでなく、運用空域、通信周波数、航空管制、法制度、安全保障政策を一体で整備する必要がある。

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8. まとめ

成層圏は、地上と宇宙の中間にある新しい利用領域である。

HAPSは、この成層圏を活用するための代表的なプラットフォームであり、通信、観測、災害対応、海洋監視、安全保障など、幅広い用途が期待されている。

JASIレポートが示すように、成層圏利用は今後、安全保障上の重要なテーマになる可能性が高い。特に日本にとっては、広大なEEZ、離島、災害リスク、周辺国との緊張関係を考えると、HAPSを含む成層圏利用の検討は避けて通れない。

ただし、現時点のHAPS技術はまだ発展途上であり、長期間飛行の信頼性、ペイロード能力、電力供給、法制度、空域管理など、多くの課題が残されている。

したがって、今後の日本に求められるのは、単に海外のHAPS技術を導入することではなく、自国の安全保障、災害対応、通信インフラ、産業利用に適した成層圏利用のあり方を整理することである。

成層圏は、これまで十分に使われてこなかった空間である。しかし、HAPSの技術が成熟すれば、その空間は通信・観測・安全保障を支える新しい社会インフラになる可能性がある。

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HAPS解説シリーズの完結

本ブログをもちまして「HAPS解説シリーズ」は完結します。

「HAPS解説シリーズ」のバックナンバーは以下の通りです。ご参照ください

第4章:HAPSの実利用・産業応用の可能性【今回】

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