第1章:HAPSとは?成層圏を飛ぶ無人機の概要と最新動向

ブログ「HAPSの技術開発動向(HAPS解説シリーズ)」

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エスジェットラボ合同会社

CO-CEO 高盛哲実 

近年、通信・航空・宇宙分野を中心に、「HAPS(High Altitude Platform Station)」という言葉を目にする機会が増えてきました。成層圏を飛行する無人機を活用し、通信や観測などの機能を提供するという構想は、もはや研究段階にとどまらず、各国・各企業で実証や事業検討が本格化しつつあります。

一方で、HAPSは航空機、通信、エネルギー、運用管理、制度対応といった複数分野が複雑に関係する技術であり、「実際にどこまで実用化が進んでいるのか」「自社や自組織にとって、どの段階で関わるべき技術なのか」が分かりにくいと感じている方も多いのではないでしょうか。

エスジェットラボでは、こうした背景を踏まえ、HAPSを技術開発の動向だけでなく、実証・運用・管理の観点からも俯瞰的に整理する調査研究を行っています。単なる技術紹介にとどまらず、「どの技術が、どこまで現実的なのか」「今後の産業利用や行政施策とどう結びつくのか」といった判断に役立つ情報提供を重視しています。

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本シリーズでは、HAPSに関する最新の技術開発動向を、専門外の方にも理解しやすい形で整理し、今後の検討や意思決定の一助となることを目的としています。第1章では、まずHAPSとは何か、どのような用途が想定され、現在どこまで開発が進んでいるのかを概観していきます。

第1章:HAPSとは?成層圏を飛ぶ無人機の概要と最新動向

1.HAPS(高高度無人機)とは?

HAPS(High Altitude Platform Station)とは、成層圏(約20kmの高度)に長時間滞空し、通信や観測などに利用される無人航空機のことです。

数日から数ヶ月にわたり連続飛行することを目指しています。

成層圏は対流圏より上に位置し、天候が安定して航空機や旅客機の往来もほとんどないため、HAPSは天候の影響を受けずに長期間空中に留まり続けることが可能です。

また高度が20km程度と低軌道衛星(LEO)の高度(数百~数千km)より桁違いに近いため、遅延が小さく大容量の通信が可能である点も大きな特徴です。

反面、1機あたりがカバーできる範囲は半径数十~100km程度(直径約200km)と衛星より限定的ですが、必要な地点の上空に機動展開できる柔軟性があります。

つまりHAPSは「低軌道衛星と地上インフラの中間」に位置する存在で、衛星を補完しつつ地上の基地局では難しいサービスを提供できる新しいプラットフォームと言えます。

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図 HAPS(High Altitude Platform Station)イメージ図


2.HAPSの活用例

HAPSはその特長を活かし、さまざまな分野への応用が期待されています。一般に想定される主な活用分野は次の通りです。

2.1. 通信(Connectivity)
空飛ぶ基地局として、地上インフラが整っていない地域や離島・山間部に携帯通信インターネット網を提供します。地上から20km上空にあり天候の影響を受けにくいため、大規模災害時に被災地上空に展開して非常時通信を確保する用途も期待されています。

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図 通信基盤のイメージ

2.2. 観測(EarthObservation)
地上を高高度から撮影・監視し、高解像度の画像データを取得します。従来の人工衛星では困難だったリアルタイム性の高い監視や、高頻度の撮影による災害状況の把握などに貢献します(実際にHAPS機からのリモートセンシング実験も行われています)。

2.3. 災害対応(DisasterManagement)
上記の通信・観測の能力を活かし、大規模災害の発生直後に被災地上空に迅速に展開して通信途絶の解消や被害状況の空撮を行います。インフラが破壊された地域でも上空から携帯電話に直接電波を届けることで「空飛ぶ通信基地局」として救援・復旧活動を支援します。

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図 災害対応のイメージ

2.4. リモートセンシング(RemoteSensing)
気象観測や環境モニタリング、農業・資源分野でのデータ収集など、各種センサーを搭載して上空から広範囲のデータを集めます。例えば成層圏からの大気中のガス(温室効果ガスやメタン漏洩)の測定や、森林火災の早期発見、広域の海洋監視などが可能になります。

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図 リモートセンシングのイメージ


このようにHAPSは通信プラットフォームから地球観測まで幅広い用途が想定されており、地上インフラや衛星では難しいミッションを柔軟にこなせる点で企業からも注目されています。

3.各社のHAPS開発への取り組み

現在、世界中で様々な企業がHAPSの開発・実証に取り組んでいます。ここでは代表的な3つのプロジェクトについて、その特徴と最新動向を紹介します。

3.1. ソフトバンク(Sunglider)

ソフトバンクが開発中の「Sunglider(サングライダー)」は、世界最大級の太陽光駆動HAPS航空機です。翼だけで尾翼を持たない無尾翼機で、翼幅は約78mにも及びます(参考:エアバスA380旅客機の翼幅は約80m)。
10基の電動モーターと全面に配置した太陽電池で推進し、重量削減のため機体後部のラダー(方向舵)やエレベーター(昇降舵)を持たない構造になっています。
そのため操縦性(機動力)は低く、ロールによる旋回など俊敏な動きはできませんが、上空にとどまって電波を送受信する通信プラットフォーム(空飛ぶ携帯基地局)が目的のため、あえて機動性を犠牲にした設計と考えられます。
実際、大型翼による広い表面積で発電量を確保しつつ機体の荷重を分散する狙いがあり、通信機材など最大75kgのペイロード(搭載機器)を積んで長時間飛行することを目指しています。

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図 SoftBank「HAPS: Why SoftBank is looking to the stratosphere」
https://www.softbank.jp/en/sbnews/entry/20190826_01


Sungliderはソフトバンクと米AeroVironment社の合弁会社「HAPSMobile」により2017年頃から開発が進められてきました。
2020年9月21日には米ニューメキシコ州のスペースポート・アメリカから実機での第5回飛行試験が行われ、最高高度約19kmの成層圏に到達し20時間16分間の飛行に成功しました(うち約5時間38分を成層圏で飛行)。この試験では機体に搭載した無線機で地上とのLTE通信にも成功し、携帯電話へのインターネット接続を実証しています。
その後しばらく公式な飛行は行われませんでしたが、機体改良を経て2024年8月に米国防総省(DoD)との共同飛行試験をニューメキシコ州で実施し、成層圏飛行の再現に成功しました。
この2024年の実証では機体の構造・機能面で改良を加えた最新版Sungliderが投入され、複数ペイロード搭載での飛行や長時間滞空能力が検証されています。
ソフトバンクはこの成果を踏まえ、HAPS事業による次世代通信網の構築(大容量通信や災害時バックアップなど)を目指し、2020年代後半の商用サービス開始に向けて開発を加速しています。

3.2. UAVOS / MIRAAerospace(ApusDuo)
ApusDuo(アプスデュオ)は、米UAVOS社が開発した太陽光駆動HAPS機で、現在はアラブ首長国連邦(UAE)のBayanat社との合弁会社MIRA Aerospaceに開発が引き継がれています。
ApusDuo最大の特徴は、当初主翼が上下2枚ある複葉機設計を採用していた点です。
成層圏で長時間飛行するには、非常に高いアスペクト比(細長い主翼)と軽量構造が必要ですが、大型化して機器搭載量を増やそうとすると翼一本では構造的に難しくなるため、あえて複葉構造によって翼面積を稼ぎ荷重分散を図ったと考えられます。
もっとも、複葉機は単葉機に比べて空力性能で劣る(同じ翼面積なら抗力が大きく、揚力効率が低い)ため、結果的に搭載できるペイロード量が減ってしまうというデメリットがあります。
そのためApusDuoも開発の過程で設計見直しが行われ、現在は双胴タイプの単葉機(翼一枚の構成)へと進化しているようです。
最新モデル名は明らかではありませんが、報道では「ApusDuo X」や「ApusNeo 18」といった名称で紹介されることもあります。

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図 UAVOS「UAVOSの高高度プラットフォームステーションApusDuoの制御システムにより、不安定な大気条件下での飛行が可能(UAVOS's Control System for High Altitude Platform Station ApusDuo EnablesIt To Fly In Unstable Atmospheric Conditions)」

https://www.uavos.com/uavos-s-control-system-for-high-altitude-platform-station-apusduo-enables-it-to-fly-in-unstable-atmospheric-conditions/

ApusDuoは2023年6月8日にアフリカ・ルワンダのフエ飛行場で成層圏飛行試験を実施し、約10時間30分の飛行に成功しました。
この試験では5G通信の実証実験も行われており、HAPS機から地上への通信サービス提供に向けた有用なデータが得られています。
その後公式な飛行記録は途絶えていましたが、2024年9月にMIRA Aerospaceが「UAEで世界初のHAPS飛行運用に成功した」と発表し話題となりました。
詳細は公開されていないものの、現地報道によればUAEのアブ・アル・アブヤド島から離陸し、数日間にわたり成層圏滞在飛行を達成したとのことです。
その飛行では通信中継だけでなくリモートセンシング(地表観測)のミッションも並行して行われた模様で、文字通りHAPS機としての多目的な運用実績を残しました。
このようにApusDuoは設計面で試行錯誤を重ねつつ、複数日の連続飛行や通信・観測の同時実証など着実に成果を挙げてきており、近い将来の実用化に向けた有力候補の一つとなっています。

3.3. SCEYE(スカイ)
SCEYE(スカイ)は、米ニューメキシコ州に拠点を置く企業で、成層圏プラットフォームとして飛行船型のHAPSを開発しています。ヘリウムガスの浮力で揚力を得る軟式飛行船(LTA:Lighter Than Air)で、垂直離着陸が可能かつ大型化によるペイロード増加が容易という利点があります。
実際、飛行船は機体サイズを大きくすれば浮力も増すため、翼で揚力を生み出す航空機型より重い機材を搭載しやすい特徴があります。
一方でガスの膨張・収縮による浮力変動で高度維持が難しいことや、機体が巨大なぶん空気抵抗が大きく高速飛行が困難(おおよそ時速100km超は出せない)といった課題もあります。
SCEYE社の飛行船は外皮に薄く丈夫なフィルム素材を採用し、内部ガスの体積変化を抑える工夫を凝らしています。
全長は公式には非公開ですが、写真から推定して70m前後とされ、規模的にペイロード重量も100kgを超える能力を持つと見られます。
銀色の外観から「太陽光発電のマント(solar cape)をまとった飛行船」とも称され、機体全体に貼られた高効率の太陽電池で発電した電力でプロペラを駆動します。

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SCEYE「格納庫から出発するHAPS(HAPS on the way out of hangar)」
https://sceye.com/newsroom/press-materials/

SCEYEは2021年に初飛行を行い約19.7km(64,600フィート)の高度に到達、その後も通信中継や環境モニタリングの試験飛行を重ねてきました。
2024年には複数回の成層圏飛行試験を実施しており、特に2024年8月15日の飛行ではニューメキシコ州ロズウェルの自社施設から垂直離陸し、高度約18.6kmまで上昇、そのまま翌日(8月16日)12時21分まで飛行を続けて24時間以上の連続飛行(昼夜飛行)に成功しました。
これは成層圏での一昼夜連続滞空を示す重要なマイルストーンで、夜間もバッテリーで飛行し続けられることを実証した成果です。ただし飛行時間は24時間を少し超えた程度で、真に実用的な「数日間連続飛行」にはまだ達していないため、今後さらなる長期飛行の実証が期待されています。SCEYE社はこの飛行船による商用サービス開始を目指しており、ソフトバンクとも提携して日本での試験運用を計画するなど(2026年プレサービス予定)、空飛ぶブロードバンドプラットフォーム実現に向けた取り組みを加速しています。

以上、HAPSの基本的な概要と主要プロジェクトの最新動向について紹介しました。現在のところ、数ヶ月単位の超長時間飛行を実現できた機体は、後半の章で説明するエアバス社のZephyr(ゼファー)を除いて存在しませんが、今回取り上げたソフトバンク機やApusDuo、SCEYEといった機体も着実に技術進歩を遂げており、近い将来には数週間~数ヶ月の連続飛行による実運用が現実味を帯びてきています。

4. 今後の続編予定

なお、本記事はHAPS解説シリーズの第1章にあたります。今後、以下のようなテーマで続編を掲載していく予定です。

第2章:HAPSの代替え実験が可能な有人機

第3章:Zephyrの性能・技術開発状況・産業利用状況の調査

第4章:HAPSの実利用・産業応用の可能性

どうぞお楽しみに!

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