第1回:HAPSって何ですか?成層圏を飛ぶ「空のインフラ」入門
HAPSは、成層圏を長時間飛びながら通信や観測を行う無人の空中プラットフォームです。「空飛ぶ基地局」や、人工衛星と地上基地局の中間にある新しいインフラとして注目されています。
本シリーズでは、一般ビジネスパーソンの佐藤美咲(仮名)と、航空・通信分野に詳しい高橋健一(仮名)の会話を通じて、HAPSの基本や活用可能性を分かりやすく、シナリオ形式でご紹介します。
登場人物

佐藤 美咲(さとう・みさき)
都内のメーカーで新規事業企画を担当する30代の会社員。
通信、災害対策、宇宙ビジネスといったテーマに関心はあるが、航空宇宙分野の専門家ではない。最近、仕事の打ち合わせで「HAPS」という言葉を耳にし、「なんとなくすごそうだけど、結局何なのか分からない」と感じている。

高橋 健一(たかはし・けんいち)
航空・通信分野を専門とする技術コンサルタント。
無人航空機、成層圏プラットフォーム、通信インフラ、リモートセンシング(遠隔から対象物を観測・測定する技術)に詳しい。専門家らしく話し始めると少し言葉が硬くなるが、相手に合わせてかみ砕くのが得意。
金曜日の夕方、カフェで

金曜日の夕方。
オフィス街のカフェは、仕事を終えた人たちでほどよく混み合っていた。
窓際の席で、佐藤美咲はノートパソコンを開いたまま、少し眉を寄せていた。
画面には、その日の打ち合わせメモが並んでいる。
「災害時通信」
「次世代インフラ」
「成層圏」
「HAPS」
最後の言葉だけが、妙に引っかかっていた。
美咲:「ハップス……でいいのかな。何か、空を飛ぶ基地局みたいな話だったけど」
検索してみると、出てくる言葉はどれも少し難しい。
高高度プラットフォーム。
成層圏通信。
低軌道衛星との補完。
リモートセンシング。
空飛ぶ基地局。
分からないわけではない。
でも、分かった気にもなれない。
美咲がコーヒーを一口飲んで、もう一度画面を見つめたとき、後ろから声がした。
高橋:「佐藤さん?」
振り向くと、そこに立っていたのは高橋健一だった。
以前、美咲の会社で航空・通信分野の勉強会を担当した専門家である。
美咲:「あ、高橋さん。偶然ですね」
高橋:「本当ですね。何か調べものですか?」
高橋がトレーを片手に、隣の空席を指さす。
美咲は、少しほっとした顔でうなずいた。
美咲:「ちょうどよかったです。今、HAPSについて調べていたんです。でも、正直よく分からなくて」
高橋:「HAPSですか」
高橋は椅子に腰を下ろし、カップをテーブルに置いた。
高橋:「それは、最初に見ると分かりにくいですね。飛行機のようでもあり、衛星のようでもあり、基地局のようでもあるので」
美咲:「まさにそれです。結局、何者なんですか?」
高橋は少し笑った。
高橋:「では今日は、HAPSの“正体”からいきましょう。専門用語はなるべく少なめにします」
美咲:「なるべく、でお願いします」
高橋:「なかなか厳しいですね」
二人の間に、少しだけ笑いがこぼれた。
まず、HAPSって何者なんですか?

高橋は紙ナプキンを一枚取り、ペンで横線を引いた。
一番下に「地上」、その少し上に「旅客機」、さらに上に小さな機体、もっと上に「衛星」と書き込む。
高橋:「HAPSは、High Altitude Platform Stationの略です。日本語では、高高度プラットフォームとか、高高度疑似衛星と呼ばれます」
美咲:「高高度疑似衛星……。すでにちょっと強そうですね」
高橋:「確かに言葉だけ見ると、かなり堅いですね。もっと簡単に言えば、HAPSは、成層圏という高い空に長くとどまって、通信や観測を行う無人航空機です」
美咲:「成層圏にいる無人機」
高橋:「はい。地上から約20kmの高度を飛ぶことが想定されています。旅客機が飛ぶ高度がだいたい10km前後ですから、そのさらに上です」
美咲は、窓の外に目を向けた。
夕方の空には、細い雲が横に伸びている。
ビルの窓に反射した西日が、少しずつ色を濃くしていた。
美咲:「あの雲より、もっと上にいるんですか?」
高橋:「雲の種類にもよりますが、多くの場合はかなり上です。HAPSは、地上の天気の影響を受けにくい高さを飛ぶ、というイメージですね」
美咲:「普通の飛行機より高くて、でも衛星よりは低い」
高橋:「その理解がとても大事です。HAPSは、地上の基地局と人工衛星の中間にいるような存在です」
美咲:「中間にいるインフラ……」
美咲はメモ帳に、少し大きめの字で書いた。
HAPS=地上基地局と人工衛星の中間にいる空のインフラ
美咲:「こう書くと、少し分かってきた気がします」
高橋:「いいですね。まずはそこからで十分です」
なぜ、そんな高いところを飛ぶんですか?
カフェの奥では、店員が新しいコーヒー豆をミルに入れていた。
低く響く豆を挽く音が、会話の合間に混じる。
美咲:「でも、なぜわざわざそんな高いところを飛ぶんですか?もう少し低くても、空から電波を出すことはできそうですが」
高橋:「もちろん、低い高度でもできることはあります。ただ、HAPSが狙っているのは、もっと広い範囲を、もっと安定してカバーすることです」
高橋は、紙ナプキンの図に円を描いた。
高橋:「地上に基地局を置くと、建物や山の影響を受けます。低い高度を飛ぶドローンも、見通せる範囲は限られます。でも、約20kmの高さまで上がると、かなり広い地域を見渡せます」
美咲:「高いところにいるほど、遠くまで見えるということですね」
高橋:「そうです。しかも、成層圏は地上の天候の影響を受けにくい。雨や雲、台風のような現象は、主にもっと低い対流圏で起こります」
美咲:「対流圏、成層圏……学生時代の理科っぽくなってきました」
高橋:「少しだけ理科に戻りましょう。私たちが暮らしている地表近くの大気の層が対流圏です。雲ができたり、雨が降ったり、台風が発生したりするのは主にここです。その上にあるのが成層圏です。HAPSは、その成層圏の下のほう、だいたい20km付近を飛ぶことを想定しています」
美咲:「なるほど。天気の荒れやすい場所の上に出るわけですね」
高橋:「はい。もちろん成層圏にも風はありますし、何もかも穏やかというわけではありません。ただ、地上の天候に左右されにくく、長時間の滞空に向いた場所だと言えます」
高橋は、ここで少し姿勢を正した。
美咲もペンを持ち直す。
どうやら、ここから少しまとまった説明が始まりそうだった。
高橋:「HAPSが成層圏を目指す理由は、大きく三つあります。
一つ目は、天候の影響を受けにくいこと。地上の雨や雲、雷などの影響を避けやすくなります。
二つ目は、通常の航空機が飛ぶ高度より上にいること。旅客機などの航空交通と重なりにくい場所を使える可能性があります。
三つ目は、高い場所から広い範囲をカバーできること。通信にも観測にも、これは大きな利点です。
つまりHAPSは、“高いけれど衛星ほど遠くない場所”を使うことで、地上インフラと衛星のいいところを一部ずつ取り込もうとしているんです」
美咲は、数秒ほど黙ってメモを見つめた。
美咲:「天気の影響を受けにくい。飛行機の邪魔になりにくい。広く見渡せる。……この三つですね」
高橋:「そうです。かなりきれいに整理できています」
美咲:「高橋さん、今の説明は分かりやすかったです」
高橋:「今の、というところが少し気になりますが、ありがとうございます」
空飛ぶ基地局なんですか?
美咲:「HAPSは“空飛ぶ基地局”と呼ばれることがあるんですよね」
高橋:「はい。特に通信用途では、そう説明されることが多いです」
美咲:「基地局ということは、スマートフォンとつながるんですか?」
高橋:「将来的には、そうした用途が期待されています。地上の携帯基地局の代わり、あるいは補完として、上空から通信エリアを作るわけです」
美咲:「たとえば、山の中とか、離島とか?」
高橋:「まさにそうです。山間部、離島、海上、砂漠、災害で地上インフラが壊れた地域など、地上基地局だけではカバーしにくい場所があります。HAPSは、そういう場所に上空から通信を届ける手段として期待されています」
美咲:「災害時にも使えるんですか?」
高橋:「大きな期待があります。地震や台風で地上の基地局や光ファイバーが被害を受けると、通信が途絶えることがあります。そういうとき、HAPSを被災地の上空に展開できれば、応急的な通信網として使える可能性があります」
美咲は、少し表情を引き締めた。
美咲:「災害時にスマホがつながらないのは、本当に困りますよね。安否確認も、避難情報も、救援要請も全部関係しますし」
高橋:「そうです。通信は、普段は便利なサービスですが、非常時には命に関わるインフラになります」
高橋はコーヒーを一口飲み、少し間を置いてから続けた。
高橋:「ただし、HAPSがあればすべて解決、というわけではありません。実際に通信サービスとして使うには、周波数、通信方式、地上設備との接続、端末との互換性、運用ルールなど、考えることがたくさんあります」
美咲:「やっぱり、魔法の空飛ぶ基地局ではないんですね」
高橋:「そうですね。魔法ではありません。かなり現実的な技術です。だからこそ、できることと課題の両方を見る必要があります」
観測にも使えるんですか?
美咲は、ノートパソコンの画面を少しスクロールした。
そこには「Earth Observation」という英語の見出しが見えていた。
美咲:「通信はイメージできました。もう一つの観測というのは、人工衛星の写真みたいなものですか?」
高橋:「近いです。ただし、衛星とは違う特徴があります。HAPSは衛星よりも地上に近い場所を飛ぶので、より高い頻度で、特定の地域を観測できる可能性があります」
美咲:「高い頻度というのは、何度も同じ場所を見られるということですか?」
高橋:「はい。衛星は地球を周回しているので、同じ場所を見られるタイミングが限られることがあります。もちろん衛星にもいろいろな種類がありますが、HAPSは特定地域の上空に長くとどまることができるので、同じ地域を継続的に観測する用途に向いています」
美咲:「災害の状況を見るとか?」
高橋:「そうです。洪水の広がり、土砂災害の状況、火災の広がり、道路や橋の被害状況などを上空から確認する用途が考えられます」
美咲:「それは役立ちそうですね。人が現地に入れないときでも、上から見られるわけですし」
高橋:「ほかにも、森林火災の監視、海洋監視、農業の生育状況の確認、温室効果ガスの観測など、さまざまな用途があります」
美咲:「通信だけでなく、かなり幅広いんですね」
高橋:「はい。HAPSは、何を載せるかで役割が変わります。通信機器を載せれば通信プラットフォームになりますし、カメラやセンサーを載せれば観測プラットフォームになります」
美咲:「プラットフォームという言葉が、だんだん分かってきました。機体そのものが主役というより、上空で何をするかが大事なんですね」
高橋:「その通りです」
人工衛星とは何が違うんですか?
少し日が落ち、窓の外のビルには明かりが増えてきた。
美咲はメモ帳の端に、小さく「衛星との違い?」と書いた。
美咲:「ここが一番気になっています。人工衛星があるなら、HAPSはいらないんじゃないですか?」
高橋:「よく出る疑問です。衛星とHAPSは、競合する部分もありますが、基本的には補完関係として考えるのがよいです」
美咲:「補完関係」
高橋:「人工衛星は、とても広い範囲をカバーできます。地球規模で通信や観測を行うには強力です。一方で、衛星は高度が高い。低軌道衛星でも数百km以上の高度を飛びます。それに対して、HAPSは約20kmです」
美咲:「かなり近いですね」
高橋:「はい。地上との距離が近いということは、通信の遅延を小さくしやすいということです。また、特定の地域に比較的柔軟に展開できる可能性があります」
高橋は、ナプキンに描いた衛星とHAPSの距離を指で示した。
高橋:「少し整理すると、衛星は“広く遠くから見る・つなぐ”のが得意です。HAPSは“必要な地域の上空に近い距離でとどまる”のが得意です。地上基地局は“人が多い場所や都市部を高密度に支える”のが得意です。それぞれ得意分野が違います」
美咲:「なるほど。衛星があるからHAPSはいらない、ではなくて、使い分けなんですね」
高橋:「そうです。通信インフラは、一つの技術ですべてをまかなうというより、地上、空、宇宙を組み合わせて強くしていく方向に進んでいます」
美咲:「地上、空、宇宙……」
高橋:「少し大げさに聞こえるかもしれませんが、これからの通信インフラは本当にそういう発想になっていきます」
ドローンとは何が違うんですか?
美咲:「もう一つ、素朴な疑問です。HAPSはドローンとは違うんですか?」
高橋:「無人で飛ぶという意味では、広い意味で無人航空機の仲間です。ただ、一般的なドローンとは、飛ぶ高度も、飛行時間も、目的も違います」
美咲:「ドローンの超大型版というわけではない?」
高橋:「それだけでは説明しきれませんね。一般的なドローンは、地上に近い場所を、比較的短時間飛んで、撮影や点検、配送などを行います。一方、HAPSは成層圏の約20kmで長時間飛び続け、通信や広域観測のようなインフラ的な役割を担います」
美咲:「ドローンは現場作業、HAPSは社会インフラに近い」
高橋:「とても分かりやすい整理です。もちろん、ドローンにも大型のものや長時間飛べるものがありますし、境界が完全に固定されているわけではありません。ただ、HAPSは“成層圏に長時間滞空するプラットフォーム”という点が特徴です」
美咲:「高度と滞空時間がまったく違うんですね」
高橋:「はい。HAPSは、単に飛ぶことが目的ではありません。上空に長くいて、通信や観測のサービスを提供し続けることが目的です」
地上基地局とは何が違うんですか?
美咲は、スマートフォンを手に取った。
画面の右上には、当たり前のように通信のアンテナ表示が出ている。
美咲:「地上基地局との違いも整理したいです。普段はスマホが普通につながっていますよね。だったら、HAPSはどこで必要になるんでしょう」
高橋:「都市部のように、基地局がたくさんあり、光ファイバーなどの地上インフラも整っている場所では、地上基地局が非常に強いです。通信容量も大きく、利用者が多い場所に対応できます」
美咲:「東京の駅前とか、オフィス街とかですね」
高橋:「そうです。一方で、山間部、離島、海上、人口が少ない地域では、地上基地局を整備するコストが高くなります。また、災害で基地局が壊れたり、電源や回線が止まったりすることもあります」
美咲:「そういう場所を、HAPSが上から補える可能性がある」
高橋:「はい。HAPSは地上基地局の代わりというより、地上基地局では難しい場所を補完する存在です」
美咲:「置き換えではなく、補完」
高橋:「これも重要なキーワードです。HAPSは、衛星を置き換えるものでも、地上基地局を全部置き換えるものでもありません。両方を補完する、新しい空のレイヤーです」
美咲:「空のレイヤー。少し専門家っぽい言い方ですね」
高橋:「出てしまいましたね」
美咲:「でも、今のは分かりやすいです。地上、空、宇宙の三層構造みたいな感じですね」
高橋:「その理解でよいと思います」
1機でどれくらいの範囲をカバーできるんですか?
美咲:「HAPSが上空にいると、どれくらいの範囲をカバーできるんですか?」
高橋:「機体や通信方式、運用条件によって変わりますが、一般的には1機で半径数十kmから100km程度、直径で約200km程度の範囲が想定されます」
美咲:「かなり広いですね。でも、日本全国を1機で、というわけにはいかないですよね」
高橋:「さすがにそれは難しいですね。衛星ほど広域を一気にカバーするわけではありません。全国的に使うなら、複数機を組み合わせる必要があります」
美咲:「必要な場所の上に、必要な数だけ配置する感じですか?」
高橋:「そうです。たとえば、災害が起きた地域の上空に展開する。離島や山間部の通信を補う。海上の通信を支える。そうした使い方が考えられます」
美咲:「つまり、HAPSは“どこでも全部カバーする”というより、“ここをカバーしたい”という場所に向いているんですね」
高橋:「その通りです。特定の地域を狙って支援できる柔軟性が、HAPSの強みです」
HAPSはどんな形をしているんですか?
高橋はスマートフォンを取り出し、いくつかのHAPS機体のイメージを見せた。
美咲は画面をのぞき込み、少し驚いた顔をした。
美咲:「思っていたより大きいですね。しかも、すごく翼が長い」
高橋:「飛行機型のHAPSは、細長い大きな翼を持つものが多いです。成層圏は空気が薄いので、効率よく飛ぶには大きな翼が必要になります」
美咲:「翼が長いのは、空気が薄いからなんですね」
高橋:「それに加えて、太陽電池を載せる面積を確保する意味もあります。HAPSは太陽光発電を使う機体が多く、翼の上に太陽電池を広く配置します」
美咲:「翼が発電所みたいになっているんですね」
高橋:「いい表現です。翼は、飛ぶための部品であると同時に、発電するための場所でもあります」
美咲:「飛行機型以外もあるんですか?」
高橋:「あります。飛行船型のHAPSもあります。ヘリウムガスの浮力で浮かび、推進装置で位置を調整するタイプです」
美咲:「飛行機型と飛行船型、どちらがよいんですか?」
高橋:「一概には言えません。飛行機型は軽量で効率よく飛ぶ設計に向いています。飛行船型は、浮力を使えるため、大型化して重い機材を載せやすい面があります。一方で、飛行船型は機体が大きくなりやすく、風の影響や高度維持が課題になります」
美咲:「同じHAPSでも、設計思想が違うんですね」
高橋:「そうです。HAPSは一つの形に決まっているわけではありません。目的に応じて、いろいろな形が試されています」
HAPSには何を載せるんですか?
美咲:「HAPSには通信機器やセンサーを載せると言っていましたよね。それを何と呼ぶんでしたっけ」
高橋:「ペイロードです。搭載機器、という意味ですね」
美咲:「ペイロード。仕事道具みたいなものですか?」
高橋:「まさにそうです。HAPSの機体は、それ自体が飛ぶための土台です。実際にサービスを提供するのは、そこに載せる通信機器、アンテナ、カメラ、センサーなどです」
美咲:「つまり、通信機器を載せれば空飛ぶ基地局。カメラやセンサーを載せれば空飛ぶ観測所」
高橋:「その通りです」
ここで高橋は、少しまとまった説明を加えた。
高橋:「HAPSを考えるときは、“機体”と“ペイロード”を分けて見ると分かりやすいです。
機体は、成層圏まで上がり、長時間飛び続けるための仕組みです。軽くすること、太陽光で電力を得ること、風の中で位置を保つことが重要になります。
一方、ペイロードは、HAPSに仕事をさせるための中身です。通信をしたいなら通信機器、地上を見たいならカメラやセンサー、環境を調べたいなら計測装置を載せます。
そして、ここが難しいところですが、ペイロードをたくさん載せるほど機体は重くなります。重くなると、長時間飛び続けるのが難しくなります。ですからHAPSでは、“どれだけ軽い機体で、どれだけ役に立つ機器を載せられるか”が非常に重要になります」
美咲:「なるほど。たくさん載せたい。でも重くしたくない」
高橋:「そうです。HAPS開発者の悩みを一言で言えば、かなりそれに近いです」
美咲:「お弁当箱に、好きなおかずを全部入れたいけど、フタが閉まらないみたいな」
高橋:「急に生活感が出ましたが、構造は似ています」
太陽光だけで飛べるんですか?
美咲:「HAPSは太陽光で飛ぶと聞いたことがあります。本当に太陽光だけで飛べるんですか?」
高橋:「多くのHAPSでは、太陽光発電とバッテリーを組み合わせる方式が考えられています。昼間は太陽光で発電し、その電力でモーターを回します。同時にバッテリーにも充電します。夜は、昼間にためた電力で飛び続けます」
美咲:「昼に発電して、夜に使う」
高橋:「そうです。ただし、これが簡単ではありません。昼間に十分な電力を作り、夜間飛行に必要な分をバッテリーにためる必要があります。そのためには、機体を軽くし、消費電力を抑え、太陽電池の面積を確保し、効率のよいモーターを使う必要があります」
美咲:「かなりシビアですね」
高橋:「はい。HAPSが数日から数か月飛び続けるには、昼夜のエネルギー収支が成り立たなければいけません」
美咲:「エネルギー収支?」
高橋:「使う電力より、作ってためられる電力が足りているか、ということです」
美咲:「家計簿みたいですね。収入より支出が多いと続かない」
高橋:「かなり正確なたとえです。HAPSも、電力の家計簿が赤字になると飛び続けられません」
美咲:「急に親近感が湧きました」
HAPSはもう実用化されているんですか?
カフェの外は、すっかり夜に近づいていた。
窓ガラスには、店内の明かりと二人の姿が薄く映っている。
美咲:「ここまで聞くと、かなり便利そうです。でも、HAPSはもう実用化されているんですか?」
高橋:「本格的な商用運用という意味では、まだこれからです。ただし、世界中で実証試験は進んでいます」
美咲:「研究室の中だけの話ではないんですね」
高橋:「はい。実際に成層圏まで飛行したり、通信の実証を行ったりしているプロジェクトがあります。たとえば、ソフトバンクのSunglider、MIRA AerospaceのApusDuo、SCEYEの飛行船型HAPSなどが代表的です」
美咲:「名前だけ聞くと、どれも近未来感がありますね」
高橋:「確かにそうですね。ただ、近未来感だけではなく、かなり現実的な開発が進んでいます。とはいえ、数日から数か月にわたって安定して飛び続け、通信や観測サービスを商用として提供するには、まだ乗り越えるべき課題があります」
美咲:「課題というと、やっぱり長時間飛行ですか?」
高橋:「大きな課題の一つです。ほかにも、ペイロードの重さ、夜間の電力、風への対応、運用コスト、飛行許可、通信に使う周波数など、いろいろあります」
美咲:「便利そうだけど、まだ簡単にはいかない」
高橋:「その通りです。HAPSは夢物語ではありませんが、完成済みの社会インフラでもありません。実証から実用化へ向かっている途中の技術です」
なぜ今、HAPSが注目されているんですか?
美咲:「ところで、HAPSという言葉を最近よく見るようになった気がします。なぜ今なんですか?」
高橋:「理由はいくつかあります。まず、通信の重要性が以前よりずっと高まっています。スマートフォンだけでなく、IoT、遠隔監視、災害対応、物流、農業、海洋監視など、あらゆる分野で“つながること”が前提になってきました」
美咲:「たしかに、つながらないと仕事も生活も止まりますね」
高橋:「一方で、地上インフラだけではカバーしきれない場所があります。山間部、離島、海上、災害時の被災地などです。そこに、HAPSのような上空から支える仕組みが注目されています」
高橋は、指を折りながら続けた。
高橋:「さらに、技術側の進歩もあります。太陽電池、バッテリー、軽量材料、自動制御、通信機器が進化してきました。昔から“高い空に長時間とどまるプラットフォーム”という構想はありましたが、最近になって、ようやく現実的に議論できる段階に近づいてきたわけです」
美咲:「社会の需要と、技術の進歩が合ってきたんですね」
高橋:「そうです。HAPSは、単に新しい航空機というだけではなく、通信、観測、防災、環境監視などのニーズと結びついて注目されています」
美咲:「聞けば聞くほど、いろいろな分野に関係してきますね」
高橋:「そこがHAPSの面白いところです。航空の話であり、通信の話であり、防災の話であり、宇宙利用の話でもあります」
美咲:「また総合格闘技が出ましたね」
高橋:「ええ。HAPSは空の総合格闘技です」
まず何を覚えておけばいいですか?
美咲はメモ帳を見返した。
ページには、成層圏、空飛ぶ基地局、観測、衛星との違い、ペイロード、太陽光といった言葉が並んでいる。
美咲:「だいぶ分かってきました。でも、情報量が多いですね。初心者として、まず何を覚えておけばいいですか?」
高橋:「まずは三つで十分です」
高橋は、紙ナプキンの余白に大きく数字を書いた。
高橋:「一つ目。HAPSは、成層圏の約20kmを長時間飛ぶ無人プラットフォームです。
二つ目。HAPSは、通信や観測に使われる空のインフラです。
三つ目。HAPSは、地上基地局と人工衛星の中間にある補完的な存在です」
美咲:「成層圏にいる。通信や観測をする。基地局と衛星の中間」
高橋:「はい。それだけ覚えておけば、第1回としては十分です」
美咲:「最初は、謎の略語という感じでしたけど、だいぶ輪郭が見えてきました」
高橋:「HAPSは、最初の入口さえつかめば面白い分野です。細かい技術や各社の開発状況は、そこから少しずつ見ていけば大丈夫です」
美咲:「次に気になるのは、やっぱり“何に使えるのか”ですね」
高橋:「そう来ると思いました」
美咲:「通信、災害対応、観測、環境監視。言葉だけ聞くと広すぎるので、具体的に知りたいです」
高橋:「では次回は、HAPSの使い道を見ていきましょう。空飛ぶ基地局としての通信、災害時のバックアップ、地球観測、リモートセンシング。HAPSが社会でどう使われる可能性があるのか、一つずつ整理します」
美咲:「お願いします。今日のところは、HAPSが“何者か”は分かりました」
高橋:「それはよかったです」
美咲:「ただ、まだ“本当にそんなに飛べるの?”という疑問は残っています」
高橋:「それは、さらに次の回あたりでじっくりやりましょう。HAPSの技術的な面白さは、まさにそこにあります」
美咲はノートパソコンを閉じ、少し冷めたコーヒーを飲み干した。
カフェの外では、ビルの明かりが夜の街ににじんでいる。
成層圏。
約20km上空。
地上でも宇宙でもない、その中間の空。
さっきまでただの略語だったHAPSは、美咲の中で少しだけ具体的な姿を持ち始めていた。
まとめ
今回は、HAPSの基本を整理しました。
HAPSとは、成層圏の約20kmに長時間滞空し、通信や観測などを行う無人航空機です。
人工衛星よりも地上に近く、地上基地局よりも広い範囲を見渡せるため、両者を補完する新しい空のインフラとして注目されています。
HAPSを理解するうえで、まず押さえておきたいポイントは次の三つです。
HAPSは、成層圏の約20kmを長時間飛ぶ無人プラットフォームである。
HAPSは、通信や観測のために使われる空のインフラである。
HAPSは、地上基地局と人工衛星の中間にある補完的な存在である。
ただし、HAPSはすでにどこでも商用利用されている完成済みの技術ではありません。
現在は、各国・各企業が実証を進めながら、長時間飛行、電力管理、ペイロード搭載、運用制度などの課題に取り組んでいる段階です。
次回は、HAPSの具体的な活用例を取り上げます。
「空飛ぶ基地局」としての通信利用、災害時の通信確保、地球観測、リモートセンシングなど、HAPSが私たちの生活や社会インフラにどう関わるのかを見ていきます。
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